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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和51年(行コ)2号 判決

控訴人 田辺建設株式会社

被控訴人 福井地方法務局武生支局供託官

訴訟代理人 笠原昭一 牧畠清隆 山口三夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「1原判決を取消す。2被控訴人が控訴人に対し昭和五〇年六月二六日付でなした福井地方法務局武生支局昭和四五年度金第二二九号の供託金払戻請求を却下する旨の決定を取消し、右請求を受理しなければならない。3訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の関係は、控訴代理人において後記のとおり主張したほか、原判決事実欄の記載と同一であるからこれを引用する。

(控訴代理人)

1  裁判上の保証は「裁判所のなした処分により相手方に生ずることあるべき損害の賠償に供すべき担保」であるが、その担保さるべき損害の範囲は問題なしとしない。

強制執行停止のための保障は、債務名義を有する債権者が現になしうる執行を裁判により相当期間停止されるのであるから、将来右停止が解除せられて執行可能となつたときに、執行の実を挙げ得ない破目となることもおこりうるので、かくの如き場合に生じる損害の賠償を確保するため、債務者に対して将来の執行の効果を保障する目的で命ぜられるものと解せられる。

従つて、担保されるべき損害の範囲は執行停止からその解除に至るまでの遅延損害金に限られるいわれはない。強制執行停止の条件として保証を規定している場合として、未確定判決に対する上訴のときと債務名義に対する異議の訴提起のときが考えられるが、前者の場合においてもそのように解すべき論拠はない。債権者は執行停止解除後本来の債務名義に基づいて、債務者の立てた保証から優先的に弁済を受けられるものと解しなければ前記の目的達成は困難である。

また、もし執行停止申立人に命ずる保証額の基準について法がとくに定めるところがないことから、裁判所は右保証額を自由に定めることができるものとすれば、担保さるべき損害の範囲が裁判中に明示されてしかるべく、特にその明示がない場合は当然執行請求権の全額が担保されているものと解すべきである。

2  つぎに、本件転付命令には「質権実行方法による」旨の記載はない。しかし、同命令中の「差押及び転付を求める債権の種類及び数額」欄の記載によれば右転付命令が担保権実行の趣旨であることは明らかである。

しかるに本件供託金払渡請求書では供託原因消滅による取戻請求として扱われているが、本件転付命令は担保権実行の趣旨が明かであれば質権実行として、被控訴人は供託金取戻手続の瑕疵を修正するように指導すべきであり、仮りに本件転付命令に質権実行の方法によることが明示されていなければならないとしても、その場合は転付命令それ自体に誤謬を含むものとして当然更正さるべきものである。

3  さらに、供託金取戻請求権に質権を設定する場合に供託書の交付を要しないものとすれば、それは民法三六三条にいう証書のある債権に該当しないことを前提とするものである。しかし、このような解釈をあえてとるならば、債権者の担保権行使は債務者によつて容易に不可能となる。供託金取戻請求権についてはまず被供託者の利益が考慮されるべきであつてその利益を侵害するおそれある第三者の優先権を認めるべきものではない。

理由

一  当裁判所も控訴人の本件請求は失当であると判断するがその理由は後記のとおり付加するほか原判決理由欄の記載と同一であるからこれを引用する。

1  原判決第一一丁裏四行目の後に

「ところで右執行遅延により蒙つた損害とは執行の遅延により生ずべき損害のほかに、執行が停止されている間に債務者のした財産の隠匿等により執行が全部又は一部不能になつた場合の損害をも含むものと解すべきである。そして、その場合には被供託者は確定判決によつて右損害発生による賠償請求権を明かにしたうえで前記保証の上に優先権を主張できることとなる。本件のように執行すべき請求権の内容が金銭債権である場合には執行遅延による損害は停止命令が効力を有した期間内における元本たる金銭債権に対する約定又は法定の率による遅延損害金および元本に対する執行停止決定の日までの約定又は法定の利率による利息又は遅延損害金の合計額に対する前記期間内の法定の利率による遅延損害金の総計であつて、その内元本に対する約定又は法定の利率による遅延損害金の限度では敢て別訴をまつて確定するまでもなく、遅延による通常の損害としてその範囲では質権者と同一の権利を本件供託金のうえに有することとなる。」を付加する。

2  同第一二丁表末行の後に

「しかし、本件差押、転付命令中には質権の実行方法による趣旨の記載はない。また、本件供託金払渡請求書にも担保権実行による還付請求である旨の記載もない。」を付加する。

3  同丁裏一行目の「本件転付命令には」から同六行目の「からすれば、」までを削除する。

4  同丁裏八行目の後に

「もつとも、控訴人は本件差押、転付命令の記載からそれが質権実行の方法によるものであることは明白であると主張する。しかし、本件保証により担保される債権は本件差押転付命令における請求金額の一部に限られることは前記認定のとおりであるところ、その分についても控訴人が質権実行の方法によることを申立てたことを認めるに足りる証拠はない。本件供託金取戻請求手続においては控訴人は一般債権の執行としてこれをなしたものと解さざるをえないことは原判決判示のとおりである。

なお、控訴人は被控訴人において本件差押転付命令の内容を知る以上、当然本件供託金取戻請求手続では一部を担保権実行による還付の手続によらしめるべく指導すべきであつたと主張するが、その指導がなかつたことから本件供託金取戻請求に対する処分に瑕疵があつたものとすることはできない。」を付加する。

5  同第一三丁目表六行目に「要しない」とあるを「要せず、権利質は成立するもの」と訂正する。

6  同丁表末行から同丁裏一行目にかけて「から原告の主張は採用しがたい。」とあるを削除し、「。そして、質権設定者たる訴外福井タイルが前記通知に及んだのであるから、訴外佐治タイルは右質権を控訴人及び被控訴人に対し対抗しうるものといわざるをえない。」を付加する。

二  以上の次第で控訴人の本件請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西岡悌次 富川秀秋 西田美昭)

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